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星野楽天監督と原巨人監督の戦い(日本シリーズ)

平成25年10月26日朝日新聞記事「原と星野、認め合う名将」を読んで思い出しました。

2003年10月7日甲子園で阪神巨人戦が行われました。2003年は、阪神タイガースが18年ぶりのセリーグ優勝した年です。

原監督は、前年日本一になりましたが、20003年は3位に終わり、この試合が巨人の最終戦で、原監督の最後の試合でした。辞任に追い込まれた原監督は、東京ドーム最終戦でのあいさつもなく悔しさを押し殺していました。

10月7日の阪神巨人戦が終わった時に、退任が決まった巨人原監督に星野監督から花束が贈られ「まだ若いんだから、くじけるな。また勉強せい」と声を掛けました。

その時.、原監督が顔をくしゃくしゃにして頷いていたシーンを思い出しました。もう10年も経ったんだと感慨が深いです。

星野監督は、まだ日本一になっていない。是非とも、巨人を打ち破り日本一になってほし

い。かたや、原監督も日本一の二連覇がかかっています。真剣勝負の戦いを楽しみたい。

2003年は虎キチには忘れられない年です。

私は、東京ドームの阪神巨人戦の初戦を見に行きました。8回が終わり巨人に3点差で勝っており、勝ったら「飲みに行くぞ」と有頂天でした。
9回救援投手に藤川投手が出てきて逆点された。9回裏に同点にしたが、延長戦となり引き分けました。飲みに行くどころか、最終電車に慌てて飛び乗り、電車の中で「星野のバカ」とつぶやきながら帰った......
その晩、星野監督も夜眠られず、夜中に宿泊ホテルの近くを散歩したと後で知りました。

7月に入り、タイガースは、連勝を続け二位に大差をつけていました。山歩きの仲間と箱根で一泊した時も阪神が勝ち、仲間に「阪神が優勝すれば、ここに全員を招待する」と宣言し、秋に優勝記念の箱根一泊山歩きを行い、全員に「六甲おろし」を歌わせました。

その頃の私の贔屓選手は、背番号9番・ショート藤本敦選手でした。鳥谷が入ってきてセカンドに回されたが、攻守ともうまい選手でした。残念ながら、今年スワローズで引退しました。

私の繰り言ですが、今年、甲子園での楽天と阪神の日本シリーズが見たかった....。

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