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星野仙一の死を悼む

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元阪神タイガース監督の星野仙一氏が亡くなった。

虎キチにとって阪神タイガースを蘇らせた恩人だ!?

18年振りに2003年阪神タイガースが星野監督のもとセリーグ優勝を果たした。

星野監督が、FAした金本選手を広島カープから獲得し、投手では伊良部・下柳を獲得した

ことが、優勝に繋がった。




2003年ベストメンバー

4今岡8赤星7金本9桧山3アリアス5片岡2矢野6藤本1井川。ストッパー・ウィリアムス。


星野監督の代名詞は、「闘将」「燃える男」など。

私の阪神ファン歴は、巨人V9時代に重なる。

兎に角、甲子園の阪神巨人戦3連戦は、阪神・村山・江夏投手でどちらかで1勝するのが

精一杯でした。村山・江夏で2勝するのを見るのは数少ない出来事。


1勝すれば「勝った!勝った! また勝った! 弱い巨人にまた勝った!」と言い、うっぷん

を晴らしながら阪神電車に乗って帰ったものです。


そのころの投手で好きだったのは、渡辺 省三投手です。俗に言う変化球投手でした。

スピードは全くでないが、コントロールは抜群でした。今は、ドロップと言わないが、縦に大きく

曲がるカーブのような玉を投げていた。「省やんボール」と言われてる。

大谷投手は160キロを超えるスピードボールを投げる。これを打者はバットに当てることが

出来るが、渡辺投手のコントロールできたスローな変化球をバットに当てることすらできない。


小山投手の記事「渡辺省三編 芯も体もバクチも強かった」に詳しく書かれている。


虎キチは、大体が「アンチ巨人」である。

虎キチの地元ファンは「関東何するものぞ!」と抗う人だ。大阪万博時代は、感じなかった

が、関西と関東の格差がだんだん大きくなっている。いまやいかんともしがたい。

せめてプロ野球で一矢報いたいのが心境ではないか。

そういう意味で広島カープや横浜ベイスターズが頑張っているから面白いが。

そろそろ、タイガースとドラゴンズが頑張らないと面白くない。


2003年阪神タイガースの優勝決定日を今でもまざまざと思い出します。

その日は確か土曜日でした。友人と沼津でボートに乗り魚釣りをして帰りの東名高速でタイ

ガースが勝ち、試合が終わった。他チームの結果で優勝が決まることになる。友人を下ろし

て我が家に帰る途中で夕立が降り優勝が決まり、一人車の中で「涙した」ことを思い出す。

2003年6月ごろにタイガースが連勝した。ハイキング仲間と箱根で1泊した時に優勝したら

みんなを箱根に招待すると約束し、実現した。楽しい思い出です。



星野仙一がすべて叶えてくれた!



ダメ虎を変えてくれた星野監督ありがとう!

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